手軽に作成できる自筆証書遺言ですが、民法が定めるルールに従わないと有効に成立しません。そのルールとは、民法968条1項に次のように定められています。
自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。
要するに、「遺言の内容」「日付」「氏名」を「手書き」して「押印」したら完成です。
このルールさえ守れば自筆証書遺言としての体裁は整うのですが、このルールについて相続人間で争いが発生してしまう事例が少なくありません。
自筆証書遺言の作成方法に関する判例をいくつか挙げてみます。
「日付」に関する判例:
・年月しか書かれていなかったり、年月の後に「吉日」と書いた遺言は無効(S54.5.31)
→平成30年12月吉日と書かれた遺言書が2通あった場合、どちらが先でどちらが後に作成されたものか分からないため無効とされました。
「氏名」に関する判例:
・遺言者が誰か分かり、他の人と混同しなければ氏または名のみでも有効(T4.7.3)
→「遺言者が誰か分かり」というのがポイントです。形式上は「氏名」が書かれていないにもかかわらず有効とされました。
「手書き」に関する判例:
・カーボン紙で複写して書かれた遺言は有効(H5.10.19)
→カーボン紙で複写されていようとも手書きであることには変わりません。
「押印」に関する判例:
・押印はハンコの代わりに指印でも有効(H1.2.16)
→押印は実印でも認印でも構いません。指印でもOKとされました。
中には民法968条1項を満たしていないような遺言書でも有効とされたものもありますが、これらはすべて裁判で争われた事例ですので決着までに多くの時間を要したものと容易に想像ができます。
せっかく遺言書を作成したのにそれが元で相続が揉めてしまっては元も子もありません。
手軽に作成できる自筆証書遺言ですが、意外な落とし穴に注意が必要です。
自分の財産をどのようにするのかを書く場合、「相続」または「遺贈」と書きます。
遺産となる財産として不動産と株式を保有している場合
・不動産を妻に相続させる
・株式を世話になったAに遺贈する
このようになります。
上記の例では「相続」と「遺贈」を意識的に使い分けました。
それでは
・不動産を妻に遺贈する
・株式を友人Aに相続させる
という記載がされている場合はどうなるでしょう。
「遺贈」とは財産を無償で与えることであり、その相手は相続人はもちろん赤の他人でもいいですし、法人でもかまいません。よって「不動産を妻に遺贈する」という記載はそのまま「遺贈」として扱われます。
一方、「相続」は相続人となる者が民法で定義されており、赤の他人や法人が相続人になる事はありません。
それでは、「株式を友人Aに相続させる」という記載は無効となってしまうのでしょうか。
判例では、遺言者の意思を汲み取って遺贈として扱うことができるとされた事例と、遺贈として扱うことはできないと判断された事例があります。
遺言書では誰に相続させるのか、誰に遺贈するのかは慎重に検討する必要があるのです。
次は、相続や遺贈の対象となる財産や、その財産を受ける人の書き方についてです。
「私名義の不動産を妻に相続させる」
「私名義の株式をAに遺贈する」
こういった書き方ですと、妻名義への相続登記ができなかったり、Aさんが株式を取得できない可能性があります。
遺言書に財産を書く場合はしっかりと特定する書き方をします。
土地の場合:
・所在
・地番
・地目
・地積
建物の場合:
・所在
・家屋番号
・種類
・構造
・床面積
※ 区分建物(マンション)は、若干記載方法が異なります。
株式や預貯金の場合:
・証券会社名、金融機関名
・支店名
財産を受ける人も、どこの誰かを書いておいた方がいいです。
自然人の場合:
・住所
・氏名
・生年月日
法人の場合:
・本店
・商号または名称
自筆証書遺言の作成方法を定めた民法968条1項は「全文」を「自署」するというようにサラリと書かれていますが、いざ遺言書を書くとなるとこれだけの情報が必要になってくるのです。
これだけの情報量だと書き損じも考えられます。その場合の修正方法は民法968条2項に定められています。
自筆証書中の加除その他の変更は、遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければ、その効力を生じない。
修正の仕方を間違えたら「効力を生じない」とまでされています。
全文を手書きするだけでも大変なのに修正方法も厳しく定められています。
もう少し自筆証書遺言の作成にかかる負担を軽くしようと、財産目録をワープロによる作成する方法も認められるようになりました。不動産については登記簿謄本を添付する方法、預貯金は通帳のコピーを添付する方法も認められています。平成31年1月13日から、この方法による財産目録の作成が可能です。
ただし、注意点があります。
偽造防止のため、これらの財産目録には署名と押印が必要となります。
とはいえ、財産目録を手書きする代わりに登記簿謄本や通帳のコピーで済むのであれば負担が軽減されると言えるでしょう。